
「様子を見ましょう」はもう古い?変わりつつある小児矯正の常識
お子様の歯の生え変わりが始まり、歯科医院に相談した際に「永久歯が生えそろうまで、もう少し様子を見ましょう」と言われたご経験のある保護者の方もいらっしゃるかもしれません。
確かに、かつてはこのように、すべての永久歯が生えそろってから全体の噛み合わせを整える、という考え方が一般的でした。しかし、近年では小児矯正における考え方は大きく変化しています。なぜなら、ただ歯を並べるだけでなく、その土台となる「顎の骨の成長」を正しい方向へ導くことの重要性が、広く認識されるようになったからです。
歯並びを家づくりに例えてみましょう。顎の骨は、家を建てるための「土地」や「基礎」の部分にあたります。将来的に永久歯という「家」をきれいに並べるためには、まずその基礎がしっかりとしていなければなりません。
お子様の成長期は、この「基礎」を整える絶好の機会です。顎の成長が活発な時期に適切なアプローチを行うことで、永久歯が無理なくきれいに並ぶためのスペースを確保しやすくなります。「様子を見る」ことで、顎の成長のアンバランスを放置してしまい、結果的に将来、歯を並べるスペースが足りずに抜歯が必要になったり、治療が大掛かりになったりするケースも少なくありません。
だからこそ、私たちは「様子を見る」のではなく、「顎の成長期という最適なタイミングを逃さず、将来を見据えた土台作りを始める」ことが、お子様にとって大きなメリットになると考えているのです。
これって矯正のサイン?見逃したくないお子様の歯並びチェックリスト
顎の成長を活かした早期治療が大切、とお伝えしましたが、「うちの子の場合はどうなんだろう?」と気になりますよね。 そこで、ご家庭でもチェックできる「小児矯正を考え始めるサイン」をいくつかご紹介します。お子様とコミュニケーションを取りながら、一緒に確認してみてください。
サイン①:受け口(反対咬合)
「イー」っと噛んだ時に、下の前歯が上の前歯よりも前に出ている状態です。 見た目の問題だけでなく、放置すると顎の健全な成長が妨げられたり、「サ行」などの発音がしにくくなったりすることがあります。骨格的な問題が関わっていることも多く、特に早期の相談が推奨される歯並びの一つです。
<チェックポイント>
- 下の顎が前に出ているように見える
- 食べ物をうまく噛み切れていないように見える
サイン②:出っ歯(上顎前突)
上の前歯が、下の前歯に比べて極端に前に出ている状態です。 前歯をぶつけて折ったり、唇を切ったりするリスクが高くなります。また、口が自然に閉じにくいため、無意識のうちにお口がポカンと開いてしまう「口呼吸」の原因になることも。口呼吸は、虫歯や歯周病のリスクを高めるだけでなく、ウイルス感染など全身の健康にも影響を与える可能性があります。
<チェックポイント>
- リラックスしている時、お口がポカンと開いている
- 上の前歯で下唇を噛む癖がある
サイン③:ガタガタ(叢生)
歯が重なり合ったり、ねじれて生えたりしている状態です。 これは、顎が小さく、永久歯が並ぶためのスペースが不足しているサインかもしれません。歯ブラシが届きにくい場所が増えるため、磨き残しが多くなり、虫歯や歯肉炎のリスクが高まります。 特に、乳歯の段階ですき間なくピッタリと生えている場合、乳歯よりも大きな永久歯が生えてくるためのスペースが足りず、将来ガタガタになる可能性が考えられます。
<チェックポイント>
- 歯と歯が重なって生えている部分がある
- 乳歯の時、歯と歯の間にすき間が全くなかった
これらのサインは、あくまで目安です。 一つでも当てはまったり、「これってどうなのかな?」と少しでも疑問に思われたりした場合は、ぜひ一度、専門家にご相談ください。お子様のお口の状態を正しく把握することが、適切なタイミングで治療を始めるための第一歩となります。
ゴールが違う!顎の成長を促す「Ⅰ期治療」と歯を並べる「Ⅱ期治療」
「子どもの矯正」と聞くと、多くの方が歯にワイヤーを付ける治療をイメージされるかもしれません。しかし、成長期のお子様に行う小児矯正は、大きく2つのステップに分かれており、それぞれ目的が全く異なります。それが「Ⅰ期治療」と「Ⅱ期治療」です。
Ⅰ期治療(骨格矯正):歯が並ぶための「土台」を作る治療
Ⅰ期治療は、主に6歳から12歳頃の、乳歯と永久歯が混在している時期に行います。 この治療の主役は「歯」そのものではなく、その土台となる「顎の骨」です。お子様の顎の成長力を利用して、上下の顎のバランスを整えたり、永久歯がきれいに生えそろうためのスペースを確保したりすることが最大の目的です。
先ほどの「家づくり」の例えで言うなら、Ⅰ期治療は頑丈な家を建てるための「基礎工事」にあたります。土地を整備し、しっかりとした基礎を築くことで、その後の家づくりがスムーズに進むのと同じです。この「基礎工事」を丁寧に行うことで、将来的に抜歯をせずに歯を並べられる可能性が高まります。
Ⅱ期治療(本格矯正):歯をきれいに並べて仕上げる治療
Ⅱ期治療は、基本的にすべての歯が永久歯に生えそろった後(主に12歳以降)に行う、いわゆる「本格的な矯正治療」です。皆さんがイメージするワイヤー装置などを用いて、歯を一つひとつ動かし、最終的に美しく機能的な歯並びと噛み合わせを完成させます。
家づくりで例えるなら、こちらは「内装工事」の段階です。しっかりとした基礎(Ⅰ期治療)の上に、柱や壁を立て、家具(歯)を機能的かつ美しく配置していく作業と言えるでしょう。Ⅰ期治療で土台がしっかり整っていれば、このⅡ期治療が必要なくなるケースや、必要になったとしても治療が比較的短期間で済むケースも少なくありません。
このように、小リ矯正は2段階で考えることで、お子様の成長を最大限に活かした、負担の少ない治療計画を立てることが可能になるのです。
小児矯正(Ⅰ期治療)で得られる4つの大きなメリットと代表的な装置
顎の骨の成長という、お子様の「今しかない」力を利用して行うⅠ期治療。これには、将来のお口の健康と美しい笑顔につながる、たくさんのメリットが隠されています。
メリット1:将来的な抜歯のリスクを減らせる
Ⅰ期治療の大きな目的は、永久歯がきちんと並ぶためのスペースを作ることです。顎の成長を適切にサポートすることで、スペース不足が原因で必要となる将来の抜歯の可能性を、大きく減らすことができます。大切なお子様の歯を、一本でも多く健康に残すための基礎作りとも言えます。
メリット2:コンプレックスの解消と心の健やかな発育
多感な時期のお子様にとって、歯並びの見た目は深刻な悩みになることがあります。出っ歯や受け口がコンプレックスとなり、人前で話すことや笑うことに消極的になってしまうケースも少なくありません。早期に見た目の問題が改善されることで、お子様が自信を取り戻し、明るい学校生活を送る手助けになります。
メリット3:虫歯や歯周病の予防につながる
歯並びがガタガタだと、どうしても歯ブラシが届きにくい場所ができてしまい、磨き残しの原因となります。Ⅰ期治療で歯が並びやすい環境を整えることは、日々の歯磨きをしやすくし、結果としてお子様を虫歯や歯周病から守ることに繋がるのです。
メリット4:本格矯正(Ⅱ期治療)の期間短縮・費用軽減
Ⅰ期治療によって顎の骨の土台がしっかりと整えられていると、その後に行うⅡ期治療(本格矯正)の負担が大きく軽減されることがあります。歯を動かす距離が短くなるため治療期間が短縮されたり、治療内容がシンプルになることで費用を抑えられたりする可能性も。場合によっては、Ⅱ期治療そのものが不要になるケースもあります。
代表的な矯正装置
Ⅰ期治療では、お子様のお口の状態やライフスタイルに合わせて、様々な装置を使い分けます。ここでは代表的なものをいくつかご紹介します。
床(しょう)矯正装置 | プレートタイプの取り外し可能な装置です。装置の中央にあるネジを少しずつ回すことで、顎を側方に広げ(側方拡大)、歯が並ぶためのスペースを作ります。基本的に食事や歯磨きの際には取り外せるため、衛生的です。 |
マウスピース型矯正装置(プレオルソ、インビザライン・ファーストなど) | 柔らかい素材や透明な素材でできた、取り外し可能なマウスピース型の装置です。歯並びを整えるだけでなく、口呼吸や舌の癖といった、歯並びを悪くする原因となる「癖(口腔習癖)」の改善を目的とすることもあります。目立ちにくく、痛みが少ないのが特徴です。 |
ヘッドギアやフェイスマスク | 出っ歯(上顎前突)や受け口(反対咬合)など、上下の顎の骨の成長バランスに大きなズレがある場合に、その成長をコントロールするために用いる装置です。主にご家庭にいる時間や就寝中に使用します。 |
どの装置がお子様にとって最適かは、精密な検査・診断によって決まります。まずは専門家にお口の状態を見てもらうことが大切です。